デラ☆ハイ駄文

あなたの貴重な数秒を無駄にします

誰得な努力は嫌いじゃない

 「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるからさ」という有名な問答は登山家マロリーの言葉(?)。しかしマロリーは山ではなくエベレストと言ったそうだ。登山家にとって特別な存在のエベレストを一般的な言葉の山と言い換え、普遍的な意味付けにしたことによって大衆性を得た、というのはどうでもいい(かもしれない)。

  コラムニストの小田嶋隆は学生の頃に登山をしていたそうだ(そんな雰囲気がまるで無いのだが)。連載をしている日経ビジネスのコラムコーナーで登山について書いた回がある。

 

business.nikkeibp.co.jp

 

 このコラムで小田嶋隆は「登山は、目的と手段が一致している」と書いてる。つまり登山行為は手段であり、それ自体に目的があるそうだ。自分は登山はからっきしダメなヘタレ野郎なのでこの言葉の意味は全くわからない。登山を好む方は小田嶋隆の意見には同意できるものなのでしょうか?

 

 登山についてこれ以上は広げられないので突然アルミホイルボールに移る。

 

 アルミホイルをこねこね丸めていく行為はまさに登山と同じではなかろうかと思う。つまり目的と手段が一致している。アルミホイルを丸めてボールにする手段そのものが目的で、作ったあとにどうするのものでもない。話題に乗ってアルミホイルボールを作った多くの人は手間がかかったワリに見返りが無いため、「あんなの作っても面白くない」と一蹴するだろう。
 なんと愚かなことだろうか。出来上がったアルミホイルボールは目的はないのだ。捏ねくり回している手段こそが目的なのだ。

 

 承認欲求が高い人はこれが理解できない。たくさんの人からちやほやされたい、アホほど褒めてもらいたい、という思いから、作ったアルミホイルボールをInstagramYouTubeなどでアップして、いいねの数や再生回数が上がるのを日がな一日、ウォッチしている。ヒマでいいですな。

 

 繰り返す。捏ねくり回している行為にこそ価値がある、ということが判らない人間たちは愚かだ。登山でいうと山頂にたどり着くことに価値がある、と信じてやまない人間なのだろう。だから、いち早く山頂に近づこうとケーブルカーやロープウェイに乗ってショートカットしてしまう。

 

 ショートカットしてばかりいる人生は何が楽しいのだろう。全く理解できない。
 一見、無駄な「遊び」があることで人生に深い味わいが加わるのだと思う。ショートカットばかりの人生は必要成分が含まれたキューブ型栄養剤を経口して生きているようなものだ。

 

 アルミホイルをこねこね捏ねくり回しているのは完全な誰得案件だが、人生に深みを増す行為であることに間違いない。
 今直ぐアルミホイルを購入してくると良い。